昨年の春から空手を始めましたが、たまに背中に冷たい視線を感じ稽古に行きづらい事態が出てきました。ですので、ここで空手を習っている理由が趣味ではなく、指導や治療に役立てるためだということを全力でプレゼンテーションしていきたいと思います。
ストレッチは1960年代にアメリカで発祥し、ボブ・アンダーソンの著書「STRETCHING」によって世の中に大きく普及されました。ストレッチはヨガのポーズをヒントに考案されたといわれていて、実際にストレッチとヨガには同じようなポーズが多く見られます。
アメリカやボブ・アンダーソンは、ヨガの動作を分析してバラバラにしたのだと僕は考えています。
私たちの言語構造そのもの、およびその因果関係的認識論は、どんなシステムでもそれを理解するのに、構成要素に分け、個々の認識可能な小さな部分が全体にどのように関与しているか定義することが必要だとする。樹木は根、幹、枝、葉をもち、それぞれにきわめて重要な機能が備わっている。葉には気孔、葉肉、葉脈がある。葉脈には木部と篩部があって鞘の中に束ねられている。このようにしてどんどん小さな構成要素、細胞、高分子、原子、量子力へと分けてゆく。この分析的プロセスは、西洋的な世界観の基礎をなしている。
(ムービングボディ-動きとつながりの解剖学 クリス・ジャーメイ著 エンタプライズ出版)
ヨガのポーズをバラバラにして分析することで、体のどこの関節が動き、どこの筋肉が伸長されているのかを具体的に理解できるようになります。たとえば、ヨガの『スプタヴィーラ・アーサナ(上向き英雄坐)』というポーズで説明すると、下のような写真だけでは「膝を曲げて仰向けに寝ている」のという程度にしか見えないかもしれません。
しかし、身体の各関節ごとにバラバラに分析して観察していくと理解が深まってくると思います。ここで下肢(脚)にある関節の足関節、膝関節、股関節の動きを一つ一つ説明していきます。のこのポーズでは、足関節で 『底屈 』 という足首を伸ばす動作が行われていて、スネの前から足に向かってついている前脛骨筋、長腓骨筋、長母趾伸筋、長趾伸筋という筋肉が伸長(ストレッチ)されています。関節の動く範囲は骨の形状から決まっていて、足首の底屈動作の参考可動域は45度です。(左図の下方向の矢印の動きの範囲)
ボブ・アンダーソンの 『STRETCHING』では、下図のように筋肉を伸ばすポーズが紹介されています。
膝関節は屈曲し、骨盤から膝へ向かってついている大腿四頭筋(大腿直筋、内側広筋、中間広筋、外側広筋)という太腿の前面の筋肉がストレッチされています。膝の関節を曲げる動作の参考可動域は130度です。ボブ・アンダーソンは右図のようなストレッチのポーズを紹介しています。
股関節では軽度の伸展動作が行われ大腿直筋とその他の股関節屈筋群がストレッチされます。股関節の伸展動作の参考可動域は15度で、大腿直筋は下記のポーズでストレッチされます。
上記のように、ヨガの『スプタヴィーラ・アーサナ(上向き英雄坐)』のポーズを足首・膝・股関節の各関節の動きごとにバラバラにしてみるとストレッチのポーズになります。ストレッチのように身体を各関節ごとにバラバラに分けて単一の関節ごとに動かすことで、膝関節以外の下肢(脚)の各関節がどのように動いているのかが理解できるようになります。また解剖学から、動いている関節は構造上どの程度の範囲で動くか推測できますし、その際にどこの筋肉が伸長されているのかも解ります。
座った姿勢で足首だけ曲げ伸ばし動かすような運動を 『 単関節運動 』 といいます。これに対して立った姿勢で行うスクワットのような運動では、足首、膝、股関節などが連動して動いています。このように一度に複数の関節を動かす運動を 『 多関節運動 』 といいます。(とはいっても純粋に足関節だけを底屈しようとしても、腓腹筋などの多関節筋に出力が入っているでしょうから微細な膝関節の屈曲運動が行われているのだと思います。純粋な単関節運動というのはありえないかもしれませんね。)ボブ・アンダーソンの『STRETCHING』では、単関節運動のストレッチが多く紹介されています。
僕のストレッチのレッスンでは、この単関節運動と多関節運動の両方を行っていて、身体の動作の分解と結合を繰り返しています。柔軟性の低い人がいきなり英雄坐のポーズを行うのは難しいです。英雄坐のポーズができない人が複数いたとして、ポーズができない原因は一人一人違います。足首が伸びなくて正座ができない人、太腿の筋肉が硬くて膝が曲がらない人、股関節前面の筋肉の緊張が強くて寝ても腰が大きく反ってしまう人など原因はこの他にも多々考えられますが一人一人違います。
ここでストレッチの単関節運動が役立ちます。初めはポーズができない人も、英雄坐のポーズの動作を足首、膝、股関節でそれぞれバラバラにした単関節運動のストレッチであれば行えます。単関節運動での柔軟性がついてきたら、足首・膝・股関節の各単関節運動を再度組み立てて多関節運動の英雄坐のポーズを練習していきます。これにさらに呼吸のコントロールや内臓の意識などの要素を付け加えていくとヨガに近づくのだと思います。
僕が今行っている多関節運動のストレッチは、前屈、後屈(反らす)、体を捻じる、開脚などシンプルなものが多く、これにもの足りなさを感じていました。
実際の人間の動作はストレッチのように単一の関節の動作だけでは行われません。人間の体の動作は足、膝、股関節がそれぞれ単独では働いているのものでなく、全身 の数百ある各関節が少しずつ動くことによって行われています。先ほど説明した『スプタヴィーラ・アーサナ(上向き英雄坐)』のポーズでも、下肢の各 関節の他に、骨盤や脊柱、肩甲帯の関節が動いていて、各々の関節の動作に働く筋肉がストレッチされています。
身体の単一の部位を意識して動かし、今度は部位と部位の繋がりを下図の経絡やアナトミートレインのようなラインを意識して動かし、このラインを束ねて動かすのが丹田とかコアと呼ばれるものなのだと僕は考えています。空手の型の動作は、この身体の繋がりや筋肉の連鎖を効率よく使っています。
空手でも、立ち方、歩行、突き、蹴り、受けなどの基本があり、これを組み立てると 『 型 』 となります。この基本動作と型の組み立てのパターンがとても豊富で、このパターンを身体に染み込ませるために僕は空手の稽古に通っています。空手を始めてもうすぐ1年になりますが、今まで行ったことのないで動作で今まで刺激の入ったことのない筋肉が使われてたりしてとても面白いです。治療やレッスンの組み立てにもとても良いヒントをもらっています。
(だから黒帯になるまでもうちょっとだけ待ってて下さい。)
西洋的な世界観でバラバラにしたものをまた繋ぎ合わせ、身体全体の機能をみていこうという動きが最近西洋でも盛んです。
しかしこの考え方は、それを樹木や私たち自身のような生きているシステムに適用するとき、ある重大な危険を招くおそれがある。樹木は、根系を幹に接着剤でつけているのでも、葉をワイヤーでくくりつけた枝をボルトでとめているのでもない。それは1個の種子から芽を出したもので、それ以来ずっと、根から葉まで、相互に作用するシステムのもとに成長する単一のセットである。現実には、部分は決して独立したものではなく、常に依存しあっているのである。
(ムービングボディ-動きとつながりの解剖学 クリス・ジャーメイ著 エンタプライズ出版)
参考文献:
○STRETCHING ボブ・アンダーソン著 小室史恵翻訳 出版社:ナップ
○ムービングボディ-動きとつながりの解剖学 クリス・ジャーメイ著 エンタプライズ出版
○ハタ・ヨーガ 成瀬雅春 BABジャパン出版
○関節可動域測定法 Cynthia C.Norkin, D.Joyce White著 木村哲彦監訳協同医書出版社
○最強のヨガレッスン レスリー・カミノフ著 渡辺千鶴訳 PHP研究所
○経絡マップ-イラストで学ぶ十四経穴・奇穴・耳穴・頭鍼 王暁明 金原正幸 中澤寛元 森和著 医歯薬出版