河合隼雄先生の本を読み返してランニングで気づいたこと①


中には、しかし、そういう人がいらっしゃいます。大学をパッと辞めて、出世とかも全部捨てる。そしてお経三昧、あるいは禅ばかりやって冥想に耽る。そういう人は「融合」が強いのです。そして、だんだん仏教界で偉い人になられて、今度は俺は何色の衣をもらうのかなあとか・・・・・。お布施は、どれくらいになるのかなあ・・・・・。
本来は、お布施があろうとなかろうと、自分の読みたいお経を読むのが「融合」の世界なのですが、案外、その「融合」の世界で頑張っている人が、ついつい「分ける」世界に入ってしまうというのは人間のおそろしいところです。

(「『日本人』という病 これからを生きるために」
河合隼雄著 静山社文庫)

「私」というものには「融合」の世界と「分ける」世界の2つの世界を
もっていると河合隼雄先生がおっしゃっています。

「融合」の世界と「分ける」世界の表現の仕方はたくさんあるのですが、
僕は

「融合」の世界を「言葉で表現できない」世界、
「分ける」世界の方を「言葉で表現できる」世界、

と表現すると腑に落ちました。
(「融合」の世界と「分ける」世界の例えは本書に詳しく書いているので興味の
ある方はご覧になってください。)

僕は自分を「融合」の世界の割合が強い人間だと思っています。
自分が運動を続けているのも、治療の仕事をしているのも、きっと
「言葉で表現できない」世界が好きだからです。

しかし、ランニングを続けていて気づきました。
初めは海や川沿いを眺めながら心地良く汗を流しているのが、
ただ気持ち良かった。
しかし、負けず嫌いな性格もあってか段々と自分のタイムや他の人の記録が
気になり出しました。

記録更新を続けるためにフルマラソン完走の目標タイムを決めて、数ヶ月前から
練習計画を立てます。完走タイムから1キロあたりのラップタイムを逆算して
GPSで計測します。

週に5㎞(1キロ5分ペース)×4回、20㎞×1回走ろう、それで月間は
合計160kmを目指そう。というように1秒でも早く、1㎞でも長い距離を走ろう
とひたむきに走っていました。

気づくと、自分の身体からは意識が遠のき、月間走行距離と完走タイムの数字だけ
に興奮している自分がいました。
先ほど、言葉で表現できる世界と表現しましたが、「言葉」を「数字」と
言い換えても同じです。

自分は「数字で表現できない」世界が好きだったはずなのに、いつのまにか「
数字で表現できる世界」が好きになっていた。